夢を追う男~織建社員北原棟梁の家づくり記~
織建の若き棟梁が夢を描き、自らの家をたった一人で完成させるまでを追う長期ドキュメンタリー。
大工歴12年というキャリアの中で辿り着いた理想の家は、純和風スタイル。
その職人としてのこだわりに迫る。
彼の現場を最初に訪れたのは、1月22日だった。
ここは伊那市内でも特に眺望の良い高台の住宅地だ。
中から手馴れたリズムの槌音が響いてくる。
その建物はまだ外壁がなく、銀色のヘルシーボードが露出している状態にもかかわらず、圧倒されるほど大きく立派に見える。
葺かれたばかりの真新しい屋根瓦からの雪解け水を避けるようにして、軒下に入ってみた。
見上げると整然と並んだ化粧垂木が見事な模様を作り出している。
それを支える梁も美しい。
純和風の住宅なのだ。
建物の西側にはまだ窓が入っていないようだ。
ブルーシートで覆われ、吹雪の吹き込むのを防いでいる。
屋根から足場を伝って一人の男が降りてきた。
彼が織建期待の若手、北原棟梁だ。
大工歴は12年だ。
いま彼が手がけているこの家は、実は彼自身の家なのだ。
昨年の11月から彼は会社を休職し、たった一人でこの家を建てている。
普通のサラリーマンなら、こうしたことはまず不可能だろう。
しかしこれは、織建夢プロジェクトの一貫として、会社から正式に認められたものなのだ。
会社は彼に休暇と資材調達の手段を提供し、彼はその支援のもとで一から十までの工程を一人で行い、腕を磨いていくのだ。
それは彼が長年抱き続けてきた夢の実現だった。
建築現場の中に入った。
まだ床が張られていないため、1階からでも2階の天井がよく見える。
柱と梁が整然と組まれた様子が美しい。
ここにも化粧垂木が施されている。天井の板には杉を使っている。
赤みのある表情豊かな模様が魅力なのだと北原棟梁は言う。
この天井は完成後も露出したままになる。
昔の家の天井はこうした板張りの様式が多かったのをふと思い出す。
子供の頃、天井の模様を見つめながら床に入った記憶だ。
また随所に天窓も見える。
採光と通気には気を配って設計したという。
その秘密はまた後に書こう。
彼が12年の大工の経歴の中で、和風住宅の魅力に取り憑かれていったのには訳がある。
彼も若い頃は洋風のモダンな家に憧れたそうだ。
だがこれまで数多くの家の建築に携わり、親方から多くを学んでいくにつれ、純和風の家こそ全霊を込めてすべての技術を投入できる、大工が至るひとつの到達点だと気づいたのだ。
そしてこれまでに得た技をすべて発揮し、さらに新しい技術の習得のため、たった一人で家を建てるのを目標にしてきた。
例えばこの杉の柱の一本にも思い入れがある。
松や檜といった材に比べ強度的に不利で加工も難しい杉をあえて選んだ。
それはこの美しい赤い木目に魅入られたのと同時に、より困難な条件の中で高い技術を磨こうとする北原棟梁の意気込みも込められているからだ。
日本古来の古民家風の外観の中に、最新のテクノロジーが注入されている。
そんなクールさを彼は求めたのだ。
基礎コンクリートの上で土台の横木を支えているのが「基礎免振ゴムパッキン」だ。
地震などの地面からの振動を高性能ゴムが吸収し、構造体への伝播を低減させる機能がある。
織建の新築住宅には標準装備されるテクノロジーだ。
この大工道具だ。
以前勤めていた工務店の親方から譲り受けたものだ。
年季が入っているが、どれも一流の品だ。
いい仕事はいい道具から。
それもいつも大切に手入れをし、コンディションを保ってこそだという。
こうして並んだ様子は壮観だ。
特に和風住宅は現場での繊細な大工仕事が仕上がりを左右する。
それゆえこうした道具は大工の魂とも言える。
陣太鼓という名匠の作である。
大工は鉋がかけられて一人前とされる。
鉋がけはそれほど高度な技術なのだ。
また手入れや精密な調整も欠かせない。
それが完璧であればあるほど、下の板のような繊細でなめらかな木目を出すことができる。
これは普通の鉋ではかけられない狭い溝を削るための櫛形作里(くしがたさくり)と呼ばれている。
近頃はあまり見られない道具だ。
社員応援プログラムで会社を休職し資材の提供を受けながら夢を追う男、北原棟梁の作業は2週間でどこまで進んでいるだろうか。
今日はよく晴れてはいるが、北風が冷たい。
前回はなかった西側の窓も入ったようだ。
晴れているせいか、ニューヘルシーボードのアルミ層がより際立って見える。
入り口を探して周囲を歩き回ることしばし、ようやく勝手口から中に入れた。
もうすでに床板の張り込みに入っていた。
今は北半分の床板が張られた状態だ。
まだ2階へは梯子で登らなくてはならないが、こうなるとより家らしく見えてくる。
北原棟梁によれば、当初は2階は間仕切りせず、広大な空間のままにしておくのだそうだ。
そして将来的に小変更を加えるのに、ある画期的な仕掛けを施すとのことだ。
杉の美しい木目が出た柱と相まって、丁寧に仕上げられた床板も美しい。
完成後もこの柱は露出した状態になるため、床板との接合部はすでに完成状態なのだ。
実にきれいに収まっている。
またこの2階の床板は、そのまま1階の天井でもある。
完成後に見上げる1階の天井板は、実は床板なのだ。
写真奥にきれいなアールを描く化粧梁が見えている。
その向こうに階段がつく予定だ。
外は寒風が吹き荒れているのだ。
すべての窓が入り、壁面から屋根に至るまで家全体がニューヘルシーボードで密封された内部の空間は、暖房器具を使わずとも南の窓から差し込む日光だけで充分に快適な温度を保っている。
つくづくスーパーイグリオン工法の底力を感じた。
北原棟梁が完璧なまでに美観にこだわっているのがよくわかる。
その美しさにおもわず息を飲んでしまう。
「もうすぐ見えなくなるからここも撮って」
そう言われて撮ったのが、外壁側の杉柱と床板の接合部だ。
互いに切り込みを入れ、寸分違わぬ精度で組み合わさっている。
大工のこだわりのポイントだ。
往々にそうした部分は、完成が近づくにつれ見えなくなってしまう。
北原棟梁は、もっと大勢の人にこの現場を見に来て欲しいと考えている。
織建では、「いつでも現場公開」を行っている。
もちろん構造見学会も精力的に開催しているが、建築のすべてを熟知した社員大工が本当の腕を見せられるのは、実はこうした生の現場なのだ。
特に精密な技術が要求される純和風の家は大工にとって晴れ舞台だ。
棟梁は言う。
「今の若い人はどちらかというと和風よりも洋風のモダンな家を好む。でも実際に完成すると、和風住宅の美しさと迫力は周囲を圧倒するんだ。そうして見てもらって、和風の家もいいものだと思う人が増えてくれたらと思う」
外に出ると家が銀色に光っている。
ニューヘルシーボードだ。
その断熱特性は伊達ではないことを、今日は体感した。
北原棟梁の夢の現場はすでに壁の一部が入り始め、さらに家としての空間がイメージできるようになってきていた。
階段以外は殆どの床が入ったため、いかに吹き抜け空間を広く取った家かが際立ってわかるようになった。
前回は入り口を探してしまったが、今回は玄関引き戸が入っていた。
やはり和風住宅には格子入りの引き戸がよく似合う。
この一見何の変哲もない玄関にも実はある画期的な仕掛けがある。
その秘密はもう少し工程が進んでわかりやすくなってから紹介したい。
玄関を入ってまず目に止まるものがある。
これは厚さ約10センチに切り出した楢材を利用した玄関式台。
幹の表面の形をそのまま残すよう製材した天然無垢の素材だ。
赤みのある杉柱との組み合わせもコントラストを出している。
南東両面の窓に加え西の出入り口、それに吹き抜けの天窓もある非常に明るいダイニングスペースは、すでに床の仕上げに入っていた。
黒塗りのシックな床板だ。
採光には工夫の凝らされた家の中でも、南に張り出したこのスペースは特に明るい空間と言える。
リビングから2階の廊下を見上げている。
すでに壁が入り始めている。
注目したのは襖の鴨居の上の壁だ。
まるで由緒ある旅館の廊下のようにも感じさせる板張りの壁になっている。
これは通常腰板として使われる材を短く切って使うという棟梁のアイディアだ。
最終的にこの廊下には手摺りが入り、吹き抜けに薪ストーブの煙突が通るが、この見事が壁は、その上の天井板とともに1階リビングから見上げられるようになる。
前回少し触れた、2階の部屋の間仕切りにまつわる画期的な仕掛けについてここで明かそう。
2階の部屋は二間の子供部屋を想定してはいるが、完成後しばらくは仕切らずに一部屋として使う。
部屋の両側の2箇所にこのようなクローゼットが造り付けられているが、実は「造り付けられている」のではない。
写真を拡大して見てほしい。
クローゼット全体が隣の柱より少し出ているのがわかるだろうか。
実はこのクローゼットはローラーで可動するのだ。
2つのクローゼットボックスを部屋の中央に移動させて並べると、なんとそれが部屋の間仕切りになるのだ。
空いた空間は勉強机ブースなど、また別の用途に使える。
子供部屋の中も、襖の上に板をあしらい、落ち着いた和風の風合いを出している。
またその下の壁はまだ石膏ボードの状態だが、このピンク色の石膏ボードは、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドといったシックハウス症候群の原因物質を、6畳の部屋ならわずか6時間で吸収分解してしまうという、織建標準の高機能ボードだ。
今のところ用途は未定だそうだが、2階の部屋の両側には収納にも新たな部屋にも使えるゆとりスペースが設けられている。
ここはそのスペースから吹き抜けに面した部分だ。
この見事な格子窓は、今までどこか別の家で使われていた既存のものだ。
こうしたアンティークな建材を再利用するというテクニックにも棟梁は積極的にチャレンジしている。
また鴨居がなく、梁に溝を掘り込んで窓をはめてある。
仕上がりの美しさが格段に協調される手法だ。
こちらは羽目ころしだが、リビングとダイニングの間の吹き抜けを仕切るために張られた壁にも、柱を挟むようにして2枚の既存材の格子窓を入れた。
実はこれは棟梁のある誤算から生まれたアイディアだった。
まだ設計段階では、この仕切り壁を入れた時の空間全体の照度の低下の度合がわからなかった。
ところが現場で実際に壁を入れてみたところ、思いのほかリビング側が暗くなってしまう事がわかった。
そこでここに格子窓を設け、天窓からの明かりがリビングにも差し込むよう改良したのだ。
その結果、このように奥行き感と広がりを感じられる、実用と遊び心を兼ね備えたワンポイントを生み出すことができたのだ。
このようにして、現場では常に臨機応変な対応に迫られることもよくある。
ハウスメーカーの組み立て式の家とは違う、自由設計住宅だからこその難しさ、また様々な可能性を身をもって学べることが、大工にとっての経験の積み重ねになっていく。
とりわけ純和風住宅だからこそのハードルの高さは、そのままやりがいでもある。
今日も作業に打ち合わせにと余念がない北原棟梁。
たった一人で夢の我が家を手がけて5ヶ月目に入った。
今日も現場からは小気味の良い槌音が響いている。
晴天の日を狙ってニューヘルシーボードの上に防水シートを貼っている。
たった一人の作業のため、天候を睨みながら内外装の作業を切り替えている。
この家は南が道路に面し、その先はずっと農地になっている。
だから台風の時などは雨が上からでなく横や下から降ってくることがある。
吹き込んだ雨水を防ぐためにも防水は入念に行う必要がある。
この季節は西の山からの風が強いためだ。
外壁の仕上げも純和風の家らしく、窓から下の腰部には鎧状の下見板を貼る予定だ。
これはそのための試作品。
完成すると非常に重厚感に溢れる外観になるという。
ついに完成しました。家族4人仲良く暮らしております。